黒てんこのお便りコーナー第46回(2022/01/31)

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*これはユーモア記事です。この記事に書かれていることは嘘です。 また、誰かを傷つけたり貶めたりするような意図はございません。 予めご了承ください。


はじめに

新年一発目はシジマさん回です。 シジマさんの作品を読んだ感想を書き連ねていきます。 シジマさん、ありがとうございます。 そして、よろしくお願いいたします。 いざ尋常に勝負しましょう。



1通目:シジマさん

お便り

『夢の通い路』

1夕暮れ時の教室

一人の少女が机につきシャープペンシルを片手に原稿用紙を見つめている。 彼女の名前は尾藤幸奈。原稿用紙には『私の将来の夢は、画家になることです』の文字。 それを眺める彼女は「馬鹿みたい」とつぶやきその文字列を乱暴に消した。

2教室にてホームルームの時間

窓際の席でぼんやりと外を見つめる幸奈。 教諭の声が遠くに聞こえる。

「もう二年生の秋になりました。 二年生の秋っていうのは受験勉強を始めるのには遅いくらいの時期だと先生は思っているし、 君たちも自覚していると思っています。 三年生の授業は受験で必要な科目ごとにひとりひとり違ってきます。 なので一昨日の事前説明会でも言われたように、 各大学、学部ごとの受験科目を調べて、 この用紙の中から受講する授業を選んでくること。 君たち文系は理系よりも選択の幅が広まっているので、 最低でも自分が受験するであろう大学、5つぶんは調べてきなさいね。締め切りは……」

『うるさい。昨日も同じこと言ってた。何回も繰り返さなくていいし……うざっ……』

腕を組み、担任教諭の宗方を睨みつける。幸奈からの視線に気づいた宗方教諭が注意を向ける。

「おい尾藤、聞いてるか?」

「……すいません」

視線をそらし、バツが悪いと言った顔で上辺だけの謝罪を口にする。

「じゃあさっき言ったように授業後までに原稿用紙を持ってくるから、 ひとり五枚ずつ取ること。内容は将来の夢について。いいな。」

『え。なにそれ。全然よくない』

「三者面談のときにも参考にするから、きちんと書いてくること。 ちゃんと書いてこないと再提出だからね。 こっちの締め切りは来週の火曜日にするから、この土日のうちに書いちゃいなさい。 それじゃ、ホームルーム終わり」

宗方教諭が教室から立ち去り、生徒達は席を立って各々のおしゃべりを再開する。 なかには配られた原稿用紙をさっそく紙飛行機にして遊んでいる生徒もいる 。彼女は一人呆然と取り残され、深いため息をついた。

「夢、か……」

そこに別のクラスの友人、千佳が「帰ろー」と声をかけてくる。

3教室から昇降口にかけて

荷物を背負い下校する幸奈と千佳。 悲壮な表情で幸奈が千佳の名前を呼ぶ。

「千佳ぁ~」

「なぁに?」

「授業の類型選択もう決めてる?」

「まあねぇ」

「はやっ」

「でもほら、理系ってさ地理か政治経済か世界史から一個選べばいいだけだし。文系はなんか、いろいろあるんでしょ?」

「うん。まず日本史か世界史かえらんで、次に倫理、政治経済、から一個で政治経済、化学基礎、英語表現から一個、そんで数学B、古典A、音楽、美術から一個選ぶの」

「うわ、なに?もっかい言って!わけわからん!」

「まずね、地歴でひとつ、倫理、政経から一個、政経、化基、英表から……」

「ごめん、やっぱいいわ。聞いてるだけでめんどくさい!」

「ひっど〜。せっかく説明してあげてんのに〜」

「ごめんごめん。まぁ、そりゃすぐには決まんないよね」

「ほんとだよ。それにプラスして作文でしょ……もうやだよ……」

「作文?あー宗方先生、そういうの好きだもんね」

「え、あ、そっか、千佳のクラスじゃ作文の宿題ないんだ」

「そう。でもこっち、次のホームルームのときにみんなの前でスピーチしなきゃいけないんだよ」

「うわ、きっつ……」

「でしょ。私だったら絶対作文のほうがいいよ」

「えー、そうかな。スピーチなら適当に考えたら終わるじゃん」

「うーん、そうなんだけどさ」

「あーあ」

むくれる幸奈。駄々っ子を可愛いがるような表情の千佳。

「ふふ、早めにあきらめて頑張りな」

「分かってるもん」

笑い合う二人。

4翌日教室

「この学校さ、古いからかこのご時世になってまで七不思議あるんだよね」

「急にどうした?めっちゃいまさらじゃん」

ある生徒が学校の七不思議について口火を切った。

「いやあ、なんかさ、最近七不思議のうちの一棟階段横の鏡に映る人影をがほんとに見たーって話が流れてて」

「あー、鏡の話!聞いた聞いた!なんだっけ、鏡の中の人と目が合うと鏡の世界に引っ張られちゃうんだっけ?」

それに続くように根も葉もないうわさ話を生徒たちが話す。

「確かそうだったと思う!鏡の中の人ってどんなかな?」

「あーそれ見る人によって変わるんじゃなかったっけ?ここの制服なのは変んないけどさ」

「ふーんそうなんだ。それは知らんかったわ。他の七不思議って何があるんだっけ?」

生徒は語りながら指折り数え七不思議をあげていく。

「えーっとねぇ、一棟階段横の鏡に映る人影でしょ、科学室の開かない扉、図書室の魔女、使われてない貯水タンクの中身、数える度に段数の変わる階段、十組の地縛霊、……あとなんだっけ?」

「確か、視聴覚室の助言者、じゃなかった?」

「助言者ぁ?初耳なんだけど」

「まあ、これ七不思議の中でも一番よくわかんないからねえ」

『はぁ?魔女だの地縛霊だのあほらしい。しかも最後の助言者ってなんなのよ。』

生徒たちの噂話は幸奈の耳にも入るが、彼女は机の上の原稿用紙と格闘の真っ最中。 苛々とした気持ちが募りこころの中で悪態をつく。 原稿用紙には『私の夢は』の文字が。 だかしかしその次の言葉が思い浮かばず、ぼんやりとした顔でシャープペンシルの先をこんこんと机に打ち付けている。 そんなおり、幸奈めがけて紙飛行機が飛んできてぶつかる。 幸奈のもとへやってくる二人の生徒たち。

「び、尾藤、ごめん」

「幸奈、大丈夫だった?」

「うん……」

「どうした?反応薄いじゃん、もっと怒るかと思った」

「作文進んでなくてさ。もう睡眠不足!」

「そりゃ大変。明日じゃん、締切り」

幸奈の原稿用紙をのぞき込む女子生徒。

「あら〜、こりゃ見事に真っ白だわ」

「むぅ……。栞は将来の夢決まってるんだっけ?」

「あたし?あたしはほら、栄養管理士」

「冬木くんは?」

「んー。特には。でも経済学部には行ってみたいかなーって」

「ふーん」

「あーあ。二人とも未来の自分がイメージできるなんてすごいよ」

「そうかぁ?栞はともかくなんとなく学部きめてるだけの俺はすごくないだろ」

「そんなことないよ…。私、夢もないし、かといって普通に働いてる自分もイメージできないもん」

「大丈夫だって!なんとかなるさ」

「なんともならんから今困ってるんだよ……」

そう言って突っ伏す幸奈。その頭をなでる栞。

「まぁまぁ、気を落とさずにがんばれ~」

チャイムが鳴り、「じゃあ、またね」と、二人は席に戻っていく。

5教室

帰りのホームルームが終わったあとで、宗方教諭が生徒たちに声をかける。

「それじゃあ、学級委員は作文を集めて、僕の机の上に置いておくこと。よろしくね」

「起立、さようなら」

「原稿用紙前に送ってー」

原稿用紙を回収する篠原を横目に見る幸奈。

「締切、はやすぎでしょ」

不満そうにつぶやいて荷物を背負い教室を出ていく。

6廊下

幸奈を待つ千佳。そこに幸奈がやってくる。

「待たせた?ごめんね」

「いいよいいよ。そんな待ってないし。そういや、作文かけた?締切今日だったよね?」

「うう……」

「え、何その反応。完成しなかったの?」

「うん……」

「宗方先生にはちゃんと言った?」

「言ってない……」

「もう!宗方先生、提出物には厳しいのわかってるでしょ?ほら行くよ!」

千佳が幸奈を引っ張るようにして歩き出す。

「ち、千佳ぁ〜……」

7職員室

宗方教諭の前で萎縮し、黙っている幸奈。

「しょうがないな……もう少し待つから、頑張って書きなさい」

「すいません……失礼します」

軽く会釈をし、うなだれた様子で職員室を出ていく。

8廊下を歩く二人

「はあ……」

「幸奈〜、ため息が深いよ~。」

「だって……夢なんかわかんないんだもん……」

「なんで。美術方面には進む気ないの? 幸奈、絵、上手いじゃない。 ほら去年の授業のデッサンも水彩画も油絵も、ぜーんぶ最高評価のS++だったでしょ~? そんなのこの学年で幸奈だけって先生言ってたじゃん」

「それでも……。私と同じくらい上手い子なんていっぱいいるし。私はそんなに、絵描くこと好きじゃないし……」

ぼそぼそとはっきりしない口調の幸奈。

「そう?(本当に好きじゃないの?といった顔)じゃあ私、今日塾だから。またね。作文頑張って」

「うん。ありがと……。また明日」

「やっぱもう少し、頑張るか」

千佳と別れ、教室に戻る。誰もいない一棟階段横の鏡の前を通りすぎる幸奈。 横目で見た鏡の中に見慣れぬ男子生徒が映っている。 一旦目線が鏡から離れるものの、すぐにおかしいと気付き、鏡をのぞきこむ。男子生徒の姿は消えている。

「一棟……階段横の、鏡……。いやいや!疲れてんのかなぁ」

見間違いだ、と自分に思い込ませようとする。

9誰もいない教室

幸奈は作文用紙を置いて書く態勢を整えるものの、睡眠不足がたたって眠り込んでしまう。

10視聴覚室

「おーい、起きろ」

「う……?」

「ようやく起きたか」

見知らぬ生徒に話しかけられ、とっさに身構える幸奈。

「おいおい、そんなに身構えなくてもいいだろ」

「あなた……誰……(どこかで会った)?」

「俺はコウヘイ。そういうお前は?」

「幸奈」

「そっか、幸奈。その紙、ちょっとくしゃってなってるけどいいの?」

「あっ!?あー……」

原稿用紙の上にひじをついてしまっていたため、紙にはしわがついている。肩を落とす幸奈。

「そんなに大事なものだった?」

「これ課題で、将来の夢について書かないといけなくて……」

なんとなく言いよどむ幸奈。

「なるほどね。将来の夢、か。」

何か思案しているコウヘイ。

「幸奈の夢は画家になることなのか?」 息を呑む幸奈。

「……なんで……分かったの?」

あまりに唐突すぎて訳が分からないといった表情の幸奈。

「そんなにびびるなって。お前、自分のまわり、見てみろよ」

コウヘイに言われるまま視線を周囲に向ける幸奈。周りの机に幸奈がこれまでに描きあげてきた絵が散乱してる。

「嘘!私の絵!?なんで!どうして!」

「ここはな、悩みを持った生徒だけが来れる場所。この世界の姿かたちは中にいる生徒に左右される」

「え、急になに言ってんの…?」

「知らないか?この学校の七不思議。けっこう有名だと思うんだけど」

噂話の七不思議が脳裏にかすむ。

「少しは聞いたことある……かも……?」

「お前、将来の夢について、悩んでたんだろ。よければ相談に乗るけど」

「はあ?何であんたに話さないといけないの」

いぶかしげな顔でコウヘイを見つめる。

「なんだよ、やっぱり知らないじゃないか。ここに迷い込んだら、自分の持つ悩みについて何らかの選択をしないと出られないんだぞ」

幸奈「え、そんな」 教室の扉へと駆け寄る幸奈。おそるおそる手に力を込めるが、扉はガラガラと音を立てて簡単に開く。

幸奈「出られるじゃない。嘘つき」

非難めいた目でコウヘイを見つめ教室から走り去る幸奈。

「待てって!」

コウヘイの制止も聞かず階段を駆け下りる幸奈。呆れているコウヘイ。

「ったく、しょうがねぇな」一棟の鏡の前で脇から歩いてきた冬木とぶつかる幸奈。しかし、衝撃はなく、相手がこちらを見る様子もない。まるで自分のことが見えていないようだと思い、冬木に触れようとする幸奈だが、手がすり抜けてしまう。

「なんで……、どうして……」

後ずさりする幸奈。その肩にコウヘイの手が置かれる。

「ここは元の世界から少し“ずれて”いるんだ。こちらから元の世界に干渉することは出来ない。根本を解決しないとお前は戻れないんだよ」

心配そうに幸奈を見つめるコウヘイ。その視線が気まずくて顔を背ける幸奈。

「……嘘つきなんていってごめん」

11視聴覚室

散らばった絵を拾い集めながら会話する二人。

「ここって一体何なの?」

「さぁね、俺もそこんとこよくわかってないんだ。……言うなればここは先人の創った逃避の場所、っていうか、なんていうか」

「中二病臭いよ?」

「別に俺が考えた言葉じゃねーし。俺、ここに来るの2回目なんだよね。……さっきのは前にここであった人に聞いた話。 その人はここのこと、夢の世界って言ってたんだけどね」

「夢の世界、ね」

馬鹿にしているような声色を吐き出す。

「そんな風に言うなって。丁度いいじゃないか、お前夢のことで悩んでるんだし」

「……」

「お前さ、その夢のどこに悩んでんの?」

「夢に悩んでるっていうか……。ただ、今の夢を捨てて、新しい夢を見つけたいだけ」

「何で捨てるの。いい夢じゃん、画家って。なんかかっこいいし」

「……あんたはなにもわかってない」

思わず出てしまったというような小さな声。 つい口に出た言葉がコウヘイに聞こえてしまったか、と焦る幸奈。 だがコウヘイはその言葉に反応しなかったので安心し、コウヘイから視線をずらす。 コウヘイは反応しなかっただけで、幸奈が自分から目をそらした瞬間、幸奈を観察するようにじっと見る。

「何よ」

「いや、何でも」

ゴミ箱の方へ歩き出す幸奈。

「おい!それ……捨てるのか?」

「そうだけど?」

「そんなら捨てる前に、見せてよ」

少し嫌そうな幸奈の手から絵の束を引き抜き、ペラペラとめくって眺めるコウヘイ。

「……なぁ、この絵って、ここの学校か?」

「……そう。去年の美術の授業で描いたの」

「ふーん。あ、ここ、美術室前の階段かぁ……。今年描いた絵は?」

「今年は美術の授業、なかったから……。ちゃんとした絵は描いてないの」

「じゃあさ、もう一度だけ描いてみなよ。これで最後って覚悟して描いたら、自分の中で諦めがつくんじゃない?」

「そうかな」

「そうだって。ほら、行こうよ」

立ち上がるコウヘイ。

「道具は?」

「ここにあるじゃん」 机の上には先程はなかったはずのクロッキー帳と鉛筆、消しゴムが二セットあった。 驚く幸奈に「ここは夢の世界だからね」と言うコウヘイ。 納得のいかない顔の幸奈の手をひいて歩き出す。

12校内

スケッチブックを片手に絵を描く場所を探してたくさんの場所を見て回る二人。 最初から最後まで幸奈はむすっとした顔のままだった。 その後それぞれ場所を決めて分かれて描きはじめる二人。

「私、ここでいい」

「そうか、じゃ、描き終わったら俺のとこ来てね」

いやいや頷く幸奈。手を振って歩いていくコウヘイ。 コウヘイが過去に幸奈の描いていた場所へ行く。 真剣な表情でデッサンをする幸奈。 だが絵を描いている途中で親や中学の先生に言われた言葉を思い出していく。

「お前は社会をなめているからそんな甘え考えでいるんだ」

「美術系は職がないからなぁ。他にやりたいことはないのか?」

「絵では食べていけないだろう。お前には安定した仕事について欲しいと思っている」

「幸奈くらい描かける子はいっぱいいるのよ。その中で勝ち残っていく自信はあるの?」

「絶対に画家になれるとはかぎらないんだよ。もしもなれたとしても絵が売れるかどうか……」

自分のほっぺたを叩き、「ああ……、しっかり、しなきゃ」と、小さな声で呟く。 幸奈の絵は完成しなかったが描くことをやめ、その場を去る。 コウヘイは去年、幸奈が絵に描いた場所にいた。過去の幸奈のカット。 言葉に詰まる幸奈。幸奈が来たことに気づくコウヘイ。

コウヘイ「お、来たな。お前のこの場所の絵さ、すんごい上手かったから簡単なのかなーって思ったんだけど、すっごい難しいな。やっぱお前、すげーよ」そういって絵を見せるコウヘイ。その楽しそうな笑顔は空回りし、幸奈を苛立たせる。絵の道具を落とし、ゆらゆらとコウヘイに詰め寄る幸奈。

「……何でこんなに私に優しくするの?慰めてるつもり?そんなことされてどれだけ惨めな気持ちになるか、分かんないの!?」

「……」

「黙ってないでなんか言いなさいよ」

「ごめん、でも……」

「もう私に話しかけないで!!」

コウヘイの肩を突き飛ばす幸奈。強い力ではなかったもののコウヘイの体がぐらりと倒れ、ふっと消えてしまう。

独りぼっちになってしまった幸奈。しばらくあてどもなく校舎内をうろつくが、こみ上げた怒りがしぼんでいくと同時に階段に座りこみ、ぼーっとする。 しばらくして独りぼっちなのが心細くなり、どうにか人に会えないものかと歩き出す。どこの教室へ行ってももう人はいない。 校庭に出て、部活をしている同級生に話しかけるが、返事は返ってこない。

「待ってよ!!」

そう言って腕を伸ばすがその腕はすりぬける。

昇降口まで戻る幸奈だが、このままずっと独りだったらどうしよう、という不安にさいなまれうずくまってしまう。

しばらくすると、唯一自分のことが見えていたコウヘイにあやまりたい気持ちがゆるゆると湧いてくる。小さな、小さな震えた声でつぶやく。

「……ごめんなさい」

「案外、すぐに根を上げたな」

どこからともなく急に姿を現すコウヘイ。その声色はとても明るい。

「ちょっと!!ずっと見てたの!?」

思わず赤面する幸奈。

「そりゃそうだよ。別の人間見てても面白くもなんともないしさ」

笑いながら言うコウヘイ。

「もう!ありえない!!」

「元気になったな」

「うるさいっ!……でも、あり、がと……」

「どういたしまして!」

うずくまっていた幸奈の手をとり、立ち上がるのを手伝うコウヘイ

視聴覚室へ戻っていく二人。コウヘイは幸奈を気遣いつつ声をかける。

「なあ、もっと別の絵、描きたくないか?」

「え……」

「お前、その絵完成しなかったみたいだし」

「でも……もう……」

「覚悟を決めるんじゃなかったのか?」

「……」返答に困る幸奈。

視聴覚室の扉を開くと、そこには新しい紙と幸奈がずっと使っていた絵の道具が置いてあった。

「なんだよ〜!やる気まんまんじゃないか」

コウヘイがにやついた顔で幸奈の肩をたたく。

「違っ!こんなこと考えてない!」

「おいおい、言っただろ。この教室は中にいる生徒によって姿形が変わるって。それに、ほら、完成してないんだろ?」

「……」

見抜かれていることと、自分のあきらめの悪さに恥ずかしさを感じ無言を貫く。

「なぁ、そこ座って」

「なに?」

「いいから、いいから」

言われるまま椅子に座る幸奈。

「目、つぶって」

幸奈の目をコウヘイの手が覆う。

幸奈の目を覆っていた手が離れ、コウヘイが「もうあけていいよ」と言う。 幸奈の視界には先ほどと全く違う屋上の風景が映っている。

「え!なに!?」

「いい驚きっぷり!ここは夢の世界だから何でも出来るんだよ」

そう言ってどこからともなくシャボン玉のストローを出して吹く。

「……コウヘイはどうして私に構うの。」

「どうしてって……」

「だってふつうは初対面の他人の相談になんて乗らないし、なにかする義理だってないじゃない」

「お前さ、昔の俺にちょっと似てるんだよね。だからさ、何となく放っておけなくて」

コウヘイと会ったあと、はじめて心から楽しい、という顔をしている。 そんな幸奈を優しい目で見つめるコウヘイ。満足したのか、筆を止める幸奈。

「……やっぱり、その絵も捨てるのか?」

「ううん。捨てるのはやめにする。他の絵と一緒に紙飛行機にして飛ばしちゃうの」

「……紙飛行機?」。

「そう。いろんな色だからきっとキレイだよ。ねえコウヘイ、紙飛行機折るの手伝ってくれない?」

自嘲的な笑みの幸奈。少しだけさみしそうな、どこか諦めたような顔のコウヘイが「いいよ」と答える。

13視聴覚室

隣に座って紙飛行機を折る2人。

「ねぇ、浩平の夢は何?」

「ずいぶんと唐突だね」 思わず二人の飛行機を折る手がとまる。

「別にいいでしょ」

「で、なんだったっけ?俺の夢?」

「そう」

「なんだと思う?」

「コウヘイって男子だし理系だよね、お医者さん、とか?」

「バカっぽい答えだな、違います」

「なんか科学者」

コウヘイ「なんかってなんだよ。不正解」

幸奈「エンジニア」

「違うー」

以下会話がフェードアウトしつつ、つづく。

14階段

すべての絵を紙飛行機にし、階段を降りてくる二人。渡り廊下へと向かっている。

「……俺の夢はね、高校の先生になることなんだ」

「そうなんだ。」

少しの沈黙。

「……おい!会話終了かよ!?さっきはあんなに知りたがってたのに!」

「えーっ?だって何聞いたらいいの!?」

「ほら、なんか、うーんと、なんで先生になりたいのか…とか?」

「じゃあなんで先生になりたいんですか!」

「そのままだな!……なーんか、答える気なくしちゃったよ」

「あー、ごめんごめん」

「お前絶対悪いと思ってないだろ」

「ごめんってばぁ~」

15渡り廊下

夕日を背に紙飛行機を飛ばす2人。 こころなしか幸奈の目は潤んでいるように見える。(台詞はなしBGMをきちんと選ぶ) うつむいて最後の紙飛行機を大切そうに持つ幸奈。

「それ、投げないの」

「………………」

「幸奈?」

「……コウヘイはどうして先生になろうと思ったの?」

「……俺もね、幸奈みたいに悩んでたことがあった。でも、そのときに相談に乗ってもらった人に言われたんだ。 『なりたいって気持ちだけじゃ駄目なのか』って。はっとしたよ。俺は夢を諦めかけてたんだ。 知らないうちに諦めるための理由ばかり探してた。人に言われてようやく気づいたんだ。 だからね、あの人がしてくれたみたいに夢や将来に悩む子どもの背中を押したいって思うようになったんだ。」 そっぽ向いて答えるコウヘイ。

「子どもって……、私、もう子どもじゃないよ」

「子どもじゃないって思ってるうちはまだ子どだって。それにさっきまで悩んでただろ」 幸奈の方へと体を向ける

「そうだね」苦笑気味の幸奈。

最後の紙飛行機を開き、過去の自分の絵を見つめる幸奈。決心した様子で紙飛行機の形に戻し音もなく投げる。

最後の紙飛行機が空高く舞い上がったその瞬間、周囲の景色が絵画のように変化し、幸奈はその光景に心を奪われる。 紙飛行機は白い鳥に変わり、すでに地面に落ちていた紙飛行機も順々に鳥に変わり宙に舞い上がる。 紙飛行機の鳥が幸奈を中心に旋回している。 その中の一羽が幸奈の指にとまる。強風が吹き鳥たちが舞い上がる。

「コウヘイ、私、やっぱり、夢を諦めるの……」必死の顔で隣にいるはずの浩平に語りかけるも、コウヘイがいない。

「コウヘイ……?コウヘイ!?」

視界がぼやけていき暗くなる。

『遠くなる意識のなかでコウヘイの「じゃあ」という声が聞こえた気がした』

16教室

目を覚まし思わず叫んでしまう幸奈。

「コウヘイ!?」

目の前にはいつの間にか栞がいる。

栞「びっくりした…やっと起きたね」

「あれ?栞?」

「もう!あれ?じゃないでしょ。ぐっすり寝すぎ!もう部活も終わってる時間だよ!」

「うわ、ほんとだ!栞、なんでいるの?」

「……あんたねえ!まあいいや。忘れ物に気付いたから戻ってきたの。で?コウヘイって誰よ?」

「分かんない。夢の中に出てきた男の子なの」

「ふーん。そっか。で、あれはどうなの?作文は」

「うーん……、多分なんとかなる、かな?」

「そうなの?よかったじゃん」

「うん。ありがと」

「いえいえ。もう帰れるの?」

「あ、うん……」そう答えると同時に机の上に紙飛行機が乗っていることに気付き、帰る支度をしていた手の動きが止まる

「どうかした?」

「忘れちゃいけないことを、思い出したの」

紙飛行機を大切そうに持つ幸奈。

17職員室

作文の提出に来た幸奈。

「失礼します」

「お、やっと来たな。お前が最後だぞ」

原稿用紙を渡す幸奈。ふと思いついたように宗方に問いかける。

「宗方先生、先生はどうして教師になろうと思ったんですか?」

「それは、とても難しい質問だね」

「………………」

「そうだな、君みたいに夢や将来に悩んでいる子どもの背中を押したいって思ったから……かな」

机の上の学級日誌の担任名に宗方浩平の文字。

「……素敵な夢……ですね」

満面の笑みでそう答える幸奈。

エンドロール

18視聴覚室

一人の生徒が視聴覚室で目を覚ます。

「う……。頭いた……」

「大丈夫?怪我してない?」

「あ……、はい。あの……?」

「私は幸奈。あなたは?」

END

視聴覚室の助言者 補足

在校中に一度だけ自分の身近にいる大人が自分と同じ年齢のときの姿で現れ、相談にのってくれる。 (助言者は呼び出した生徒が誰だか認識できない。記憶も残らない、もしくは夢の中の出来事だと認識する) 助言者を呼び出した生徒は悩みに関して何らかの選択をしなければ元の世界に戻ることが出来ない。 つまり、このルールにのっとり、宗方先生は幸奈と夢の中で出会ったことを覚えていない。 しかし幸奈は目覚めてすぐに彼女の夢の鍵であった紙飛行機を見たため、例外的に夢の世界での出来事を思いだし、コウヘイ=宗方先生だと理解した。


返事

シジマさん、作品の投稿ありがとうございます!

とても面白かったです。 ストーリーもしっかりしていて、 起承転結もあって、 私も勉強になりました。 高校生の青春や葛藤を描くというのは小説では定番であり、 だからこそ書くのが難しいと思いますが、 丁寧に舗装された道路のようにストーリーが構築されていて、 すんなり物語に入り込むことができました。

この作品は映像作品の脚本のようなものなのでしょうか。 シジマさんは脚本家なのですか。 もしくは脚本家を目指しているのでしょうか。 どちらにしても、素晴らしいことですね。 応援しています。これからも頑張ってください!

学校の七不思議というと怪談系が多い気がしますが(トイレの花子さんなど)、 このお話は心温まるものでほっこりしました。 短編小説にしてみてもよいのではないでしょうか。 ちゃんと短編小説という形に仕上げて、 どこかの小説投稿サイトに投稿してみるのも一つの手段かと思います。 私も読みに行きます。

主人公は学校の先生になったということですよね?  こういう後日談みたいなものがある話、私も好きです。 主人公は夢を諦めたわけではなくて、 新しい夢を見つけて元の世界に戻ってきた、 とても綺麗な終わり方で良いと思います。

先生も魅力的な人でいいですね。 最初は怖い先生の雰囲気を出しているけど、 話が進んでいくにつれて本当は良い先生だと分かる、 みたいな話が好きなので、 「コウヘイ」が先生だと分かってちょっとテンションが上がりました。 最後にちょっとした伏線というか謎解き要素を入れる技術、素晴らしいですね。

さりげなく七不思議の話を作品内に登場させる技術なども素晴らしくて、 私も真似してみようと思っています。 作品内のところどころに文章技術が垣間見えて、 本当に勉強になりました。 そしてタイトルもオシャレです。 『夢の通い路』というのはなかなか思いつきません。 作品をしっかり言い表していて、 それでかつオシャレなタイトルです。

あと作品とは関係ない話ですが、 お便りフォームの最大文字数を一万文字から十万文字に変更しました。 これで長編小説も送れると思います。 今後も何卒よろしくお願いいたします。

最後に一読者としてのリクエストなのですが、 シジマさんの汚い物語も読んでみたいです。 これは完全に好みの問題なのですが、 私は綺麗過ぎるよりもちょっとくらい汚い話が好きなので、 シジマさんが汚い話を書いたらどうなるだろうな~と勝手に想像しています。 何卒よろしくお願いいたします。


おわりに

以上で黒てんこのお便りコーナー第46回は終了です。 楽しんでいただけたでしょうか。 楽しんでいただけたのなら何より嬉しいです。 それでは次回のお便りコーナーでお会いしましょう。 バイバイ。


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